愕然とする日々にも、季節は巡る

それじゃ、そのうち地植えしよう、と思っているうちに一年が経ち。
ほったらかしだった鉢植えのミニスイセン
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11日にふと見たら葉が半ばまで伸び、緑の小さい花芽が沢山出てきていた。
そして一週間、小さな鉢はぎっしりと満開の花畑だった。
庭に植えなくても花は楽しめマシタ。
・・・強いぞ、スイセン。


・・・・この花が蕾だったのを見た3月11日は大震災。

これまでの人生で幾度か、身近な者を失った日に
「この花が蕾だった時には、この世の人だったのに.。。
この花が開いたわずか数日後の今日は、
地の果てまで探し歩いてももう会うことはできない。」
・・・と、庭の花を呆然と眺めた記憶がある。

時を歩み続ける植物と、永遠に失われた大切な存在。
被災者の多くがこれから、花咲く春の訪れをそのような想いで迎えると思う。

被災された東北の方々の、静かな表情に感嘆を覚える。
この惨事を黙して受け止め、向き合い、日々を歩み続ける被災地の人々。
彼らを支え、癒し、未来へ向けて乗り越える手助けをしなければならない。
一時の熱さでなく、苦楽を分かち合って長く長く、日本中が共に生きていこう。。。
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自然の事象が起こることは押し留めようもないが、原発事故という人の浅知恵によってもたらされた災いには怒りを禁じえない

考えうる様々な「万が一」の事態に目を瞑ることでコストを抑えた結果が、コントロールの効かない汚染を振り撒くことになった。
「万が一」の確率は一万分の一。そう低い確率ではない。
原発を推進せんがため、コストを低く抑えるため、「万が一」への供えは、「そこそこ」でしかなかったようだ。
日本中の海岸線に散らばる多くの原発は、コストに見合う「そこそこ」の安全でも建設可能だった時期を引き伸ばしその間に※造られているらしい。
※詳しく調べる暇はないので正確ではアリマセン。

本来なら、考えうるすべての「万が一」から人の命と健康を確実に守る為のコストは莫大なものになるはずだ。地震や津波以外にも「万が一」はどれだけあるかわからない。
一たびコントロール不能に陥れば巨大な損失をもたらす原発は、コストという面でも、見合う発電システムとはとてもいえないだろう。

猿が火を使えないように、科学技術の面でも、社会の成熟度でも、私たちは原子力を安全に扱えない「猿」なのだ。
この「猿知恵」のなせる業を押しとどめることが出来ず、愛する美しい国土を穢させてしまったことを、子供達の世代に申し訳ないと思う。

        東海地震の震央に近いといわれる浜岡原発って、そもそも「あり得る」のだろうか?
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Commented by 山栗 at 2011-04-19 09:49 x
ちゃたろうさん、今日は!
熱い思いがひしひしと伝わってきました。地球の歴史は古く人知の及ぶ力は、たかが知れていますね。原子力の怖さを世界で一番知っている日本が、原発依存率3位の国になったという現実。今回の事故は、こうした傲慢さに対する「天罰」かもしれませんね。1970年代と比べると各家庭の電気消費量が4倍になったとか。
化石燃料や原子力はやはり限りがある資源なので、これからは、一日でも早く太陽、風、水などの自然の力を使ったエネルギーへ転換すべきだと思います。
原発の開発や建設に使う税金は、そうした新たなエネルギー資源の開発にこそ使われるべきです。いつの日か、各家庭の屋根材は全て太陽パネル仕様となり、自前の電気エネルギーで生活することができるようになればいいですね。
それまでは、できる限りの節電。やや暗い部屋、冷蔵庫は少なめなどの様々な工夫をしよう。電力会社が困ってしまうほど電気使用量を減らすと面白いでしょうね。
被災者の悲しみと喪失感、人ごとではない国家的損失を無駄にさせないためにも、これからの生き方を真剣に考えるべきだと思いました。
Commented by chatadon-06 at 2011-04-25 16:33
山栗さん!
超亀レスでスミマセ~~ン。

幼い頃、核実験で放射能雨が降るから濡れないように、と何度きいたことか。
そんな危ないものを平気で世界中にばら撒くなんてひどい、と子供心に思っていましたが、まさか日本が原発事故で加害者側に立つ未来が待っていようとは想像もしませんでした。
震災と津波で被害をうけた方々の上にも容赦なく事故の汚染が襲い掛かり、被災地以外の私達も、原発事故の行方が恐ろしくて被災地の支援に心が集中できない。。
無力感と脱力感にさいなまれ気味の今日この頃でした。

続きます・・・
Commented by chatadon-06 at 2011-04-25 16:35
今、原発をあらためて考えてみると、手のひらの上でじかに火を焚くような危険きわまり無いことをしているのだ、と思えてきます。
で、そんな危険なエネルギーをどう使うかといったら、
「湯を沸かしてタービン回す」って・・・
ありえないほど古い、ローテクそのものじゃありませんか。。。。
危険なく直接に電流を取り出せる太陽光は、今現在無駄に降り注いで温暖化に拍車をかけているのだから、その場でパネルで遮って使ってしまえば気温だって違うと思うんですが。
あとは、太陽光発電のコストを下げることと、蓄電池、充電池と風力発電の効率化。
こういうところに日本の技術の底力を見せて欲しいものです。
全国の原発のある地域にはほかに産業が無いから、原発をなくすと地域経済が成り立たないから、とだらだらとなし崩し的に続いて欲しくないものです。
この災いが、未来の福に変わるように思い切っていろいろリセットしないと、もとの木阿弥になってしまいます。

「あの頃は原子力なんて、何で使ってたんだろうね?
余程技術が低かったんだろうね。馬鹿だったね」
と復興後の東北の美しい海岸で、後の世代に語れる未来になっていてほしいです。
by chatadon-06 | 2011-03-28 17:36 | 感慨 | Comments(3)