春よ来い

刺すように冷たい風の吹く
寒い寒い今日、3月11日の夕暮れ。
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…みんなに早く
春よ来い。
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by chatadon-06 | 2015-03-11 20:48 | 感慨 | Comments(0)

来年の年賀状(右)と、一回り前のひつじ年の年賀状。
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同じ作者のデザインだそうだ。

12年前、マフラーを編んでいた羊さん。
年賀の文字のまわりは毛糸玉。下の方には目標のマフラー?
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12年後の来年、マフラーは編み上がり。。
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年賀の文字の周りに輪になった編針やかぎ針、棒針が。
そして、一番下を見ると、帽子と手袋。
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12年で色々編んでたらしい。

次のひつじ年までの干支のひとまわり…
みんなが幸せに、平和に過ごせる12年間でありますように。



…ところで、
私、12年前の今ごろ何をしていただろう?
そして12年後、何しているだろう?


…12年前も12年後も、今みたいに大掃除や片づけや年賀状から逃避中なのだけは確実だな。。
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by chatadon-06 | 2014-12-26 13:34 | 感慨 | Comments(2)

陸前高田

4月30日
陸前高田の風景。一部だけ。
遥かとおくまで何も無いただっ広い空間に
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↑内部


道を挟んで向かい側にポツンと
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あの日
頭上、遥か上まで海が襲って来た。

(追記:Youtubeで震災直後の動画で見るとGSの看板は、現在金属板がめくれている位置まで滅茶苦茶に壊れていた。修復して使っているのだろうか?)



5/5 画像コメント追記。
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by chatadon-06 | 2014-05-02 07:48 | 感慨 | Comments(0)

美しく幸せな夢を…

無実の罪で、死刑囚として48年を獄中に過ごすという残酷な仕打ちからようやく解き放たれ、やっと我が家の布団で休めるひと。
…今宵あなたの見る夢が、おりしも今宵銀盤の舞姫が見せてくれたような、この上なく美しく、安らかな幸せと笑顔に満ちたものでありますように。。
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by chatadon-06 | 2014-03-27 22:35 | 感慨 | Comments(0)

いかにも浅田真央さんらしいハラハラものの競技展開となったフィギュア女子がフリーも終わったようで、ノーカット放映を探しているところ。
納得のゆく出来だったようで、ホッとした。
日本のスケート界のゴタゴタや、あまりに早く脚光を浴びてしまったことでじっくりと育つ余裕をもてないように感じて来たが、ともかくも競技からの引退を本人の納得の行く演技で締めくくれたようなので、嬉しい。
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たった48歳で亡くなった真央さんのお母様には二人の娘のどちらも同じに大切だったとは思うが、光輝く才能ゆえに喜びも苦痛も振り幅の大きな真央さんのスケート人生の行く末を見届けずに先立たねばならなかった無念を思うと、言葉もない。

真央さんのお母さん、
貴女の宝物は眩い光を放ち尽くし、皆の胸に美しい記憶を刻みました。
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新しい人生が、
幸多いものでありますように!





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by chatadon-06 | 2014-02-21 08:44 | 感慨 | Comments(2)

8月15日

兵士として戦場に送られ、また軍属として終戦を迎え捕虜となり復員するまで、長い長い戦火の青春しか持たなかった父はすでに無い。

戦争を憎み未来永劫の平和を乞い願った父は、戦後の平和な日々を誠実に働き、愉しんで生き切った。
しかし戦後60年以上の最晩年になって亡くなるまで、父の心から戦争に踏みにじられた傷跡が消えることはなかった。


長い平和な日々が揺らぎつつ有るように見える終戦の日の今日

前記事の、梢で歌うホオジロの画像をみながら想う。

八ヶ岳南麓を愛して止まなかった父だから、もしかしたら南麓のホオジロの姿を借りて平和への願いを歌っていたりするかもしれない。

魂が飛び出しそうなくらい大きく嘴をひらいて、
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いっぱい平和をつづけちぇ〜♪
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by chatadon-06 | 2013-08-15 23:47 | 感慨 | Comments(0)

3月11日

冷たい八ヶ岳ブルーの空にようやく膨らみ始めたダンコウバイの蕾。

北国の3月11日はまだこんなに寒かったんだと実感する今日の八ヶ岳南麓。
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あの日傷付いたすべてのものに
優しい未来が訪れますように
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by chatadon-06 | 2013-03-11 12:17 | 感慨 | Comments(0)

それじゃ、そのうち地植えしよう、と思っているうちに一年が経ち。
ほったらかしだった鉢植えのミニスイセン
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11日にふと見たら葉が半ばまで伸び、緑の小さい花芽が沢山出てきていた。
そして一週間、小さな鉢はぎっしりと満開の花畑だった。
庭に植えなくても花は楽しめマシタ。
・・・強いぞ、スイセン。


・・・・この花が蕾だったのを見た3月11日は大震災。

これまでの人生で幾度か、身近な者を失った日に
「この花が蕾だった時には、この世の人だったのに.。。
この花が開いたわずか数日後の今日は、
地の果てまで探し歩いてももう会うことはできない。」
・・・と、庭の花を呆然と眺めた記憶がある。

時を歩み続ける植物と、永遠に失われた大切な存在。
被災者の多くがこれから、花咲く春の訪れをそのような想いで迎えると思う。

被災された東北の方々の、静かな表情に感嘆を覚える。
この惨事を黙して受け止め、向き合い、日々を歩み続ける被災地の人々。
彼らを支え、癒し、未来へ向けて乗り越える手助けをしなければならない。
一時の熱さでなく、苦楽を分かち合って長く長く、日本中が共に生きていこう。。。
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自然の事象が起こることは押し留めようもないが、原発事故という人の浅知恵によってもたらされた災いには怒りを禁じえない

考えうる様々な「万が一」の事態に目を瞑ることでコストを抑えた結果が、コントロールの効かない汚染を振り撒くことになった。
「万が一」の確率は一万分の一。そう低い確率ではない。
原発を推進せんがため、コストを低く抑えるため、「万が一」への供えは、「そこそこ」でしかなかったようだ。
日本中の海岸線に散らばる多くの原発は、コストに見合う「そこそこ」の安全でも建設可能だった時期を引き伸ばしその間に※造られているらしい。
※詳しく調べる暇はないので正確ではアリマセン。

本来なら、考えうるすべての「万が一」から人の命と健康を確実に守る為のコストは莫大なものになるはずだ。地震や津波以外にも「万が一」はどれだけあるかわからない。
一たびコントロール不能に陥れば巨大な損失をもたらす原発は、コストという面でも、見合う発電システムとはとてもいえないだろう。

猿が火を使えないように、科学技術の面でも、社会の成熟度でも、私たちは原子力を安全に扱えない「猿」なのだ。
この「猿知恵」のなせる業を押しとどめることが出来ず、愛する美しい国土を穢させてしまったことを、子供達の世代に申し訳ないと思う。

        東海地震の震央に近いといわれる浜岡原発って、そもそも「あり得る」のだろうか?
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by chatadon-06 | 2011-03-28 17:36 | 感慨 | Comments(3)